朝を食べずに山へ入った日のことです。
罠を見て回って、次の場所へ向かう斜面の途中で、急に足が上がらなくなりました。息が切れたわけでも、ふくらはぎが痛いわけでもありません。力の入れ方が分からなくなるという感覚でした。手が細かく震えて、自分がこのあと何をどの順番でやるつもりだったのかも、うまく出てきませんでした。
その場に座り込んで、ザックの底に入っていた菓子パンを食べて、しばらくしてから動けるようになりました。
あとになって、あれは体の中の糖が切れた状態だと知りました。山の世界では「シャリバテ」と呼ばれるやつです。
あの「動けなくなるかもしれない」という不安が、いまはありません。ザックの雨蓋に、100円ちょっとのラムネが1本入っているだけです。装備を増やしたわけでも、体を鍛えたわけでもない。1本転がしておくだけで、見回りが長引いても腹をくくれるようになりました。
結論:行動食とは別に、非常用のラムネを1本入れている
いまはザックの雨蓋に、森永ラムネを1本入れっぱなしにしています。歩きながら食べる行動食とは別枠の、非常用です。
選んだ理由は2つだけです。
- 主原料がぶどう糖なので、体の中で分解する工程が要らない
- ケースに入っているので、そのまま放り込んでおける
味で選んだわけではありません。困ったときにいちばん確実に口へ運べる形をしていたのが、たまたまラムネだった、という話です。
1. 山で本当に怖いのは、動けなくなることより判断が鈍ること
あの日いちばん嫌だったのは、足が上がらなかったことではありませんでした。頭が回らなくなっていたことです。
狩猟中は、刃物を持って、斜面を歩いて、最後は車を運転して帰ります。動けないだけなら座っていれば済みますが、判断が鈍った状態でナイフを使ったり、濡れた落ち葉の斜面を下ったりするのは、まったく別の危なさになります。
私の場合、こういう順番で来ました
- 手が細かく震える
- 足に力が入らない
- 考えがまとまらない。段取りが飛ぶ
- やたらイライラする
注意しておきたいのは、「腹が減った」という形で来るとは限らないということです。私は空腹感より先に手の震えが来ました。だから「まだ腹は減っていないから大丈夫」という判断が、そのまま当てになりません。
山に入る前に飯を食っておく。これが一番の対策です。ただ、それでも見回りが長引く日はあるし、思ったより歩く日もあります。ちゃんと食べたうえで、それでも切れたときのために1本置いておく、というのが今のやり方です。
2. なぜ「甘いものなら何でもいい」で済ませなかったのか
菓子パンでも回復しました。だから、甘いものであれば何かしら助けにはなります。
ただ、非常用として置いておく1つを選ぶなら、体に入ってからの手数が一番少ないものにしておきたいと思いました。糖の種類によって、吸収されるまでの工程の数が違うからです。

ここが分かってから、非常用と行動食を分けて考えるようになりました。
- ぶどう糖(単糖)……そのまま吸収される。分解の工程がない
- 砂糖=ショ糖(二糖)……ぶどう糖と果糖に分解されてから吸収される
- でん粉(多糖)……さらに手数が多い。おにぎりやパンがこれ
森永ラムネは「ぶどう糖90%配合」とメーカーが表示している商品です。駄菓子の棚にあるものが、そのまま条件を満たしていました。
体感の出方には個人差もありますし、そのときの状況にもよります。だから「これを食べれば何秒で回復する」というような書き方はしません。ただ、非常用に置くものを1つ選ぶなら、工程の少ないほうを選んでおくのが理屈に合っている、というだけの話です。
3. 山では、味より「開けられること」が効く
実は、こちらのほうが決め手でした。
非常食が要る場面というのは、たいてい条件が悪いです。手袋をしていて、手が濡れていて、風が吹いていて、片手はどこかを掴んでいます。その状態で開けられないものは、持っていても意味がありません。
袋菓子をやめた理由
- ザックの中で粉になる。下に押し込んだ袋菓子は、見回りから帰るころには原形をとどめていません
- 開けるのに両手が要る。斜面では片手が塞がっていることのほうが多いです
- 開けた瞬間に風で持っていかれる。山にゴミを残すことになります
- 手袋のまま摘まみ出せない。結局、手袋を外すことになります
ラムネの容器がそのまま答えだった
- あの筒のまま、片手で口へ転がせる。フタを親指で押し上げて傾けるだけです
- 容器が中身を守る。ザックの底で潰れませんし、雨で濡れても中まで来ません
- 温度で形が変わらない。チョコは夏に溶けて冬に固まりますが、こちらは季節を問いません
- 途中でやめられる。1粒だけ食べて、フタを閉じてポケットへ戻せます
「ケースに入っている」というのは、店の棚で見ればただの容器です。山では、それが開封のしやすさと保護と再密閉を全部まかなっていることになります。

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ぶどう糖90%配合(メーカー表示)のラムネが、いつものボトルのまま20本届く。1本ずつ買っていた頃はいざという日に限って切らしていたので、箱で置いて補充する形に変えた。ザックの雨蓋・車・防寒着の内ポケットに1本ずつ分けて入れている。原材料に乳成分・ゼラチンを含むので、人に配るときは伝えている。
4. どこに入れるか|取り出すのに手間取る場所は非常食じゃない
1箱で買うようになって、いちばん変わったのはここでした。惜しまず、複数の場所に置けるようになったことです。
- ザックの雨蓋。中身に埋もれない、上から一発で取れる場所に固定しています
- 車のドアポケット。帰りの運転前がいちばん気が抜けるので、ここにも置いています
- 冬は防寒着の内ポケット。ザックを下ろさずに取れます
非常食を「ザックの底の、着替えの下」に入れていたことがありました。あれは非常食ではありません。座り込んでからザックを全部ひっくり返す羽目になる場所は、置き場所として失格です。
そして減ったら、その日のうちに補充する。箱が家にあるかどうかが、ここに効いてきます。買いに行かないと補充できない形にしておくと、結局そのまま空になります。
5. 使ううえで気をつけていること
食事の代わりにはならない
当たり前ですが、これは非常用です。朝飯を抜いていい理由にはなりません。あの日の反省がそこなので、ここは自分にも言い聞かせています。糖を入れれば一時的に持ち直しますが、そのあと山を下りるまでの体力までは戻りません。
アレルギーがある
原材料に乳成分とゼラチンを含みます。自分ひとりなら関係ありませんが、山で誰かに渡す場面はあります。渡す前に必ず伝えるようにしています。
糖尿病の治療を受けている方へ。低血糖のときに何をどれだけ摂るかは、服用している薬の種類によって変わり、主治医から個別に指示されているはずです。薬によっては、砂糖ではなくぶどう糖でなければならない場合があります。自己判断せず、必ず主治医の指示に従ってください。この記事は、持病のない運営者が山でのバテ対策としてやっていることの記録であって、低血糖症の診断や治療の指針ではありません。
意識がはっきりしない人、呼びかけに答えられない人に、飲食物を口へ入れさせないでください。のどに詰まらせる危険があります。同行者の様子がおかしいときは、その場で119番通報してください。山では、自分たちの現在地を伝えられるようにしておくことが先です。単独で入るなら、入山前に行き先を家族に伝えておいてください。
夏の車内には置きっぱなしにしない
溶けはしませんが、高温の車内に何日も放置していい菓子ではありません。夏場は、猟期外でも見回りに使う車の分だけ入れ替えるようにしています。
まとめ
- 糖が切れると、動けなくなる前に判断が鈍る。刃物と斜面と運転がある以上、そこが一番危ない
- 非常用に1つだけ選ぶなら、分解の工程が要らないぶどう糖にしておく。行動食はまた別に持てばいい
- ケースのまま、片手で、手袋のまま開けられること。山ではここが味より効く
装備をいくら増やしても、切れるときは切れます。ザックの雨蓋に1本転がしておくだけの話です。
入れておくと何が変わるか。「もう1か所だけ見て帰ろう」が言えるようになります。切れたときの逃げ道が1本あるだけで、判断が縮こまらない。見回りを途中で切り上げて帰る日が減りました。
あの日の私に渡してやりたいものがあるとしたら、たぶん高い装備ではなく、これ1本です。次に山へ入る前に、ザックの上のほうへ入れておいてください。
注意していただきたいこと
- 本記事は運営者個人の体験と対策の記録であり、診断・治療の指針ではありません。体調に変化があれば医療機関を受診してください
- 糖尿病その他の持病がある方は、低血糖時の対処を含め、必ず主治医の指示に従ってください
- 食物アレルギーのある方は、必ず商品の原材料表示をご確認ください
- 狩猟は、狩猟免許および狩猟者登録を受けたうえで、鳥獣保護管理法その他の関係法令および各都道府県の定めるルールの範囲内で行ってください




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