鹿肉は揚げると化ける。分かっているのに、揚げ物だけはやらない。私はずっとその状態でした。
理由は、面倒だからです。油を新しく開ける。鍋にたっぷり注ぐ。それでも肉が半分しか浸からないので、途中でひっくり返す。コンロの周りは油の点だらけになる。終わったら、まだ熱い油をどうするかで少し考える。「今日はいいか」と言って、フライパンで焼くほうに逃げた日が何度もありました。サイトに鹿カツの記事を書いておきながら、普段の食卓では焼いてばかりだったわけです。
いまは、平日の夜でも揚げます。油はコップ数杯ぶんで足ります。肉を入れるとちゃんと浮いて、返さなくても全体が同じ色に上がる。跳ねはほとんど外に出てきません。そしてこの鍋は、洗えばそのまま煮込みの鍋になります。揚げ物のためだけの鍋を、棚にしまっておかなくてよくなりました。
変えたのは、揚げ方でも腕でもありませんでした。鍋です。
結論:揚げ物が面倒なのは、鍋が「浅くて広い」からだった
- 油の量を決めているのは深さではなく、深さ×底面積。だから同じ「浸かる深さ」でも、鍋が広いほど油が要る
- 細くて深い鍋なら、同じ深さを半分以下の油でつくれる。内径16cmと24cmで、必要な油は約600mLと約1,360mL
- 深さは、跳ねを外に出さないための壁でもある。水分の多い鹿肉ほど効く
- そして同じ一台で、煮込みまで回せる。ジビエは「煮る」と「揚げる」に寄っていく料理なので、ここが一番大きい
私が使っているのは、和平フレイズのマルチポット(Lサイズ・内径16cm)です。値段は2,000円台。ジビエのための道具として売られているものではありません。
1. ジビエは、放っておくと「煮る」と「揚げる」に寄っていく
鹿を1頭もらうと、フライパンで解決できる部位は思ったより少ないと分かります。
脂が少なく、繊維のしっかりした肉だからです。背ロースのように焼いて美味しい部位はむしろ例外で、モモの奥やスネ、スジの多いところは、焼いただけでは硬いままです。ここは煮込むか、衣をつけて揚げるかのどちらかになります(部位ごとの向き不向きは鹿肉の部位別・失敗しない食べ方にまとめてあります)。
揚げ物が強いのは、衣が水分の逃げ道をふさいでくれるからです。脂の少ない赤身は、加熱すると水分が抜けてパサつく方向にしか進みません。衣で包んでから短時間で上げれば、中の水分が残ったまま火が入ります。「鹿肉はパサつく」という悩みに、揚げ物はいちばん素直に効きます。
つまり、ジビエを日常的に食べようとすると、鍋の仕事が増える。それなのに、うちで一番出番が多かったのはフライパンでした。理由は単純で、揚げ物用の鍋を出すのが面倒だったからです。
2. 油の量を決めていたのは、深さではなく底面積だった
ここが、私がずっと勘違いしていたところです。
「油をたっぷり使う」というのは、深さの話だと思っていました。実際には、必要な油の量は深さ×底面積で決まります。そして底面積は、直径の2乗に比例します。直径が1.5倍になれば、同じ深さをつくるのに2倍以上の油が要る。
肉が浮くのに必要な油の深さを3cmとして、鍋の内径だけを変えて計算してみます。

- 内径16cm(マルチポット):約600mL
- 内径20cm(小さめの片手鍋):約940mL
- 内径24cm(ふつうのフライパン):約1,360mL
2.3倍です。フライパンで「肉が浮く」状態をつくろうとすると、1Lの油を開けることになる。私が毎回ためらっていたのは、まさにここでした。だから油をケチって浅く張り、肉が半分しか浸からず、途中で返して、衣が割れて、結局うまくいかない。
マルチポットは内径16cm・満水容量3L(メーカー公表値)です。この2つから計算すると、深さはおよそ15cm。フライパンの縁では、そもそもこの深さを作れません。細くて深い、という形そのものが、油の量を決めていました。
3. 深さは、跳ねを外に出さないための壁でもあった
油が跳ねるのは、肉から出た水分が油の中で一気に気化するからです。鹿肉は脂が少なく水分の多い赤身なので、ここは正面から当たります。フライパンで焼くときに水分が出て煮えてしまうのと、原因は同じものです。
浅い鍋だと、はじけた油は縁を越えてコンロと壁に飛びます。深い鍋では、その多くが内側の壁に当たって落ちる。私がいちばん「もうこれでいい」と思ったのは、実はこの一点かもしれません。後片付けが減ると、次にやる気になります。
そのうえで、私が守っている順番です。
- 肉の表面の水気を拭く。解凍した肉は特に念入りに。跳ねの量がはっきり変わります(→ もらった鹿肉、冷凍庫で止まっていませんか)
- 油は鍋の深さの半分より下で止める。深い鍋は入れようと思えばいくらでも入るので、ここは自分で決めておきます
- 一度に入れるのは2〜3切れまで。内径16cmは、そういう鍋です。詰め込むと温度が落ちて衣が油を吸います
- 火にかけている間は、その場を離れない。これだけは例外を作りません
揚げ物の最中は絶対にコンロから離れないでください。油は加熱を続けると発火します。入れすぎ、水気の多い食材、空焚きが重なると危険が一気に上がります。万一発火しても、水はかけないでください。まず火を止め、消火できないときは無理をせず避難して119番してください。
4. 揚げるための鍋が、そのまま煮込みの鍋になる
この鍋を買ってよかったと一番思うのは、「揚げ物の鍋」で終わらないところです。
先に書いておくと、揚げたら洗います。油の入った鍋にそのまま出汁を入れる、というような話ではありません。効くのはそこではなく、揚げ物のためだけの鍋を、台所に一台置かなくてよくなるということです。
メーカーは「煮る・炒める・茹でる・沸かす・揚げる・炊く・和える」の7通りを挙げています。私が実際に回しているのは、そのうち4つです。
- 揚げる。カツ、竜田揚げ。衣をつけた鹿肉がいちばん化ける食べ方です
- 煮る。スネやスジを、時間をかけて崩す。フライパンでは水位が足りず、途中で継ぎ足すことになります
- 茹でる。下茹で、アク抜き、湯通し。深さがあるので吹きこぼれの心配が減ります
- 炊く。米が3合まで炊けます(メーカー公表値)。鹿肉の炊き込みご飯がそのままできる
これが「色んな料理ができる」の中身です。スペックの話ではなく、この一台を出しておけば、その日の献立を鍋の都合で決めなくてよくなるという話です。揚げるか煮るかを先に決めなくていい。それだけで、獲ってきた肉を最後まで使い切れるようになりました。

和平フレイズ マルチポット Lサイズ 16cm 3L(トゥーメイ/SRA-9474・レッド)
ジビエ用の道具として売られているものではありませんが、うちでいちばん出番の多い鍋になりました。深いので、揚げ物が600mLほどの油で成立して、跳ねも外に出てこない。揚げ物の鍋と煮込みの鍋を一台で兼ねられるので、スネやスジのように手のかかる部位を残さなくなりました。2,000円台で、これが一台で回ります。
5. 向いていないことも、はっきりしています
万能ではありません。買う前に知っておいたほうがいいことを並べます。
- ステーキは焼けません。アルミで約960g。持っている熱の量が少ないので、冷たい肉を置くと温度が落ちます。焼くのは焼くための道具の仕事です(→ 鹿肉がパサつくのは焼き方じゃなかった)
- 一度にたくさんは揚げられません。内径16cm。2〜3切れずつ、順番に上げていく鍋です。大人数ぶんを一気に、という使い方はできません
- 大きな塊は入りません。骨付きや大きなブロックを丸ごと、は無理です
- ふっ素樹脂加工は消耗品です。金属のヘラでこすったり、空焚きしたりすれば寿命が来ます。ここは値段どおりと思っています
- 深いぶん、底が見えにくい。揚げているものの色を見るのに、少し覗き込む姿勢になります
それでも、2,000円台でこれだけ料理の幅が変わる道具は、ほかに思いつきません。高い道具を1つ買うより先に、これを試したほうが早い人は多いはずです。
まとめ
- 揚げ物が面倒だったのは、腕でも時間でもなく鍋の直径だった。油の量は深さ×底面積で決まり、底面積は直径の2乗に比例する
- 内径16cmなら、深さ3cmの油が約600mLでつくれる。同じ深さを24cmのフライパンでつくると約1,360mL。2.3倍の差になる
- 深さは跳ねを止める壁でもあり、煮込みまで受けられる容量でもある。ジビエは「煮る」と「揚げる」に寄っていく料理なので、一台で兼ねられるのが効く
いま、うちのコンロにはこの鍋が出しっぱなしになっています。「今日は揚げるのやめておくか」と考える時間が、まるごと無くなりました。もらった肉も、獲ってきた肉も、冷凍庫で順番待ちをしなくなった。道具が一台変わっただけで、食べきれる量が変わるというのは、正直に言って想像していませんでした。
注意していただきたいこと
- 野生鳥獣の肉は、中心部を75℃で1分間以上(またはこれと同等以上)加熱してください。生食・半生は避けてください。衣がきつね色でも、中心が届いているとは限りません
- 揚げ物の最中はその場を離れないでください。油は過熱すると発火します。発火した場合は水をかけず、まず火を止めてください
- 油の量・使い方・お手入れは、必ず製品の取扱説明書に従ってください。本記事の数値は運営者が公表値から計算したもので、製品の使用方法を指示するものではありません
- 捕獲した個体の肉を販売する場合は、食品衛生法に基づく食肉処理業の許可が必要です
- 狩猟は、狩猟免許および狩猟者登録を受けたうえで、鳥獣保護管理法その他の関係法令および各都道府県の定めるルールの範囲内で行ってください
- 寸法・容量・重量・材質はメーカー公表値です。価格や仕様は時期によって変わることがあります
- 本記事は運営者個人の使用記録であり、特定の道具や方法を推奨・保証するものではありません





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